バンド仲間の光と陰
【沖縄おじさんの人生遍歴ブログ Vol.29】
前回に続き、3ピースバンド「松健郎」(通称マッケン)をやっていた頃の話です
ライブ回数が増えるにつれ、対バンの方々から声をかけられる事も増えていったんですが、3人とも人見知りなのであまり友達はできませんでした
そんな中、とある対バンをきっかけにとても仲良くなったバンドが2つありました
3ピースのメロディックロックバンド「NO SPEAK ENGLISH」(通称ノースピ)と
女性ボーカルの4人組ミクスチャーポップバンド「FASTER-Hi」(通称ファスター)でした
彼らとは不思議とウマがあって、対バンの後は毎回、近くの「ザ・飯や」で打ち上げをするのが恒例でした
ノースピにはたける(Vo/Gt)とにっくん(Bs)、ファスターにははまじ(Gt)、我らがマッケンにはイトケン(Vo/Gt)という、それぞれのバンドにボケ担当がいて、打ち上げではいつもボケ合戦をしていました
誰かがお茶に醤油を入れればそれを飲んだり、うどんを鼻からすすったり、眼鏡にご飯を乗せてメガネ丼を作ったり。そこで生まれた、グラスにメガネを浸けて飲むという「メガネ酒」はその後、どの打ち上げでも爆笑をとり、はまじの持ちギャグとなったのでした
春にはみんなで花見をしたり、冬にはうちやファスターのミツ(Bs)の家で鍋をしたり、お互いのレコーディングにゲストコーラスで参加したり、3バンド共同で自主企画もやりました
当時はみんなプロを目指していたので、飲みながら音楽談義をしたり、どうすれば売れるんだろうと嘆いたり愚痴ったり、励まし合ったり。本当に、たくさんの時間を一緒に過ごしました
しかし、本気でプロを目指すということは、時には友情よりも優先しないといけない事もあります
ある日、おじさんはファスターのメンバーに呼び出され、FASTER-Hiのドラムになってくれないか、と引き抜きの誘いがありました
ファスターは、音楽に対する意識が高いあまり、曲作りやバンドの方向性をめぐってバンド内でたびたび衝突があり、ドラムに求めるスキルも高かったため、ドラムメンバーがなかなか固定できていませんでした
おじさんも一度、ヘルプでファスターのドラムを叩いた事があるんですが、スタジオのピリピリ感も、松健郎とは比べ物にならないほどでした
正直、人間的にも音楽的にも、ファスターは大好きだったんですが、彼らが求めるスキルに追いつけるか不安でビビってしまい、引き抜きの誘いは断りました
あの時受けていたら、その後の人生も変わっていたのだろうと思います
それからかなり後の話になりますが、ある事を理由に、おじさんは松健郎を脱退し沖縄に引き上げる事になりました
おじさんの後に入ったドラムは若くて爽やかなイケメンで、スキルはおじさんよりも上でした
そのドラムは後に、ノースピに引き抜かれ、松健郎を脱退しました
その事もひとつのきっかけとなり、あれだけ仲が良かった3バンドは次第に疎遠になっていくのでした
バンドやってた人はわかると思うけど、バンド仲間って、不思議な関係なんですよね。出会った頃は友達でも、いつしか不思議な距離感ができて、けど相手の考えている事はよくわかってて、そのくせお互いの気持ちを伝えるのは恥ずかしくてギクシャクしたり
家族とか恋愛みたいな感覚というか…うまく言い表せないけど、不思議な関係なんです
あの頃、ノースピとファスターと過ごした時間はおじさんにとって、とても大切な思い出で、かけがいのない宝物です
みんな、本当にありがとう
※大阪時代のバンドの話はもう少し続きます…
♪今日の一曲